NOTEBOOK -雑記帳-

2010年7月26日

溶けた脳みそで考えること 場外乱闘編

Filed under: 制作ノ-ト — Nozawa @

共通認識のあるものには名称がある。
例えば「りんご」といえば普通赤くて丸い甘酸っぱい果物を想像することができる。

赤くて丸くて(ちょっぴり五角形をなしたもの)、を見ると「りんご」という名称が浮かび、皆安心して受け入れるだろう。

しかし、その林檎を輪切りにして、地と図の色を逆にしたとする。
一瞬何を描いたのかわからなくなったとき、「りんご」という名称も失ってしまう。
りんごを描いたにもかかわらず、名称を失ったために我々の共通認識を離れ、その社会のものとはなりえない処へ行ってしまう。
その社会に対して挑戦的なものとなって、要するに「理解しがたいもの」となってしまうのだ。

そう考えたとき、「わかる」というのはどの程度の必然性があるのだろう?「わかったつもり」、だけなのかもしれないのに。

共通のコトバの外にあるものは、とても曖昧で、「確か」なことではないけれど、 不確かな中にもそこには実はリアルなものが潜んでいる。
だって、イラストのように形象をかたどった「りんご」よりも、輪切りにしたほうがその中に隠れているものが顕わになるわけだし、輪切りにすることで見えなくなってしまった皮の赤い色は背景に表現されているでしょ?

2010.7.26

2件のコメント

  1. リンゴ→人→ワタシと置き換えてみれば・・・・言い得てる!
    汗汗ひや汗・・・・ゴングゴング!!!

    コメント by トラさん — 2010年7月27日 @

  2. トラさんサイコー!!
    でも場外乱闘にゴングってあったかな?

    コメント by nozawa — 2010年7月28日 @

この投稿へのコメントの RSS フィード

現在、コメントフォームは閉鎖中です。

Powered by WordPress