やっと暑さもすこし落ち着いてきたのかな。
やっと暑さもすこし落ち着いてきたのかな。
いつまでこんな暑さが続くのか。一昔前は熱帯夜なんて数日くらいだったけれど、最近は25度を下回る夜なんて殆どなくなってしまいました。
もちろん日中は当然のように35度前後。お盆を過ぎると何となく秋めいてきたものだけど・・・。
子供のころはエアコンなんてなくて、もっぱら扇風機と夕方になってから打ち水と。
扇風機の前で「あー」って声を出すとその音が震えて聞こえるのが楽しかったり、冷蔵庫を開けて頭突っ込んで涼むと怒られたり。
のどかな夏のイメージはすっかり変わってしまったな。
この絵はスペイン、30年位前かな・・・。2月の景色です(暖かでした)
宗派もいろいろあるもんだなと、いろいろとわからないことだらけでしたが、初盆を迎えました。
毎日お線香をあげて話しかけているから父はいつも近くにいるような気がしていたけれど、お盆に帰ってくるというのは、あれ、近くにはいなかったのか・・・。
既にあちらにいる祖父や祖母、この世で会うことが叶わなかったご先祖様に、新入りの父は「こっちだよ、どうぞどうぞ」なんていいながらご先祖様をうちに案内してくるかしらなんて。
この長い時の流れの中で 今、生きている人々よりも亡くなっている人々のほうが圧倒的に多いんだな、と今まではあまり考えなかったようなことに思いを巡らすようになりました。
色とりどりの庭の花を摘んで小さなガラス瓶に活けました。
友人に貰ったイギリス土産のインド紙に描きました。白い花はいつも紙の色を生かして残しますが、今回は紙の色より白い花なので、白い花色は胡粉を使って描きました。
梅に鶯、いえいえ、これはメジロ。
庭の梅の花は満開ですが、春告げ鳥の鶯の声はまだ聞こえない
メジロが遊びにやってきます。
・・・もう啓蟄か?
母が玄関に庭の菊を活けてあったのを描きました。
庭には黄色や紫の小菊がいっぱい咲いていたけれどほんのりと白いこの菊は、今まで咲いたことのない珍しいちょっと違う雰囲気を持っていて目を惹きました。母もそう思って玄関に活けたんだろうな。
父の姿が見えなくなって寂しいのはもちろんですが、父を思うとき背中が温かく感じるのはなんでかな?そんな時は父が大好きだった曲を弾きます。いつも弾き終わる頃には拍手して喜んでいました。メリーウィドーワルツ、亡くなって家を離れるときにもこの曲で見送りました。先日母にリクエストされて弾くと、うっすら涙を浮かべていました。泣くような曲じゃないのに…。
2024年、今年もあと僅かとなりました。
皆様にとって新しい年がよい1年となりますように
貝殻、ガラス、布、木の実、酒…いろいろコレクションはあるけれどこの香水瓶もその一つ。
ガラスの香水瓶 、いろんな色のいろんな形いっぱい集まってしまいました。
これはちょっと変わった形。
去年のどんぐり、葉の色は褪せ何とも言えない色になって奇麗でした。
母と一緒に散歩に出ると、公園にどんぐりがころころと落ちています。
60年連れ添った相方を亡くした母、80後半になって新しいリズムを作り出すのは大変そうです。
月命日
私は大分落ち着いてきたと思っても、日が暮れる時分やふとした合間に、添えた手をぎゅっと握りかえしてくれた手の感触、父との会話、様々なことがよみがえります。
一方向にしか進めない時の流れ。
ときが解決してくれるとは言うけれど、その地点から遠ざかっていくのも虚しいような。
これまでにないような暑い日が続き、台風の湿った空気は息苦しくて、それでも時間の経つのはあっという間でもう9月。
夏休みも終わってしまいました。今月は休みもほとんどなく仕事三昧。
父が亡くなる前に「私に何か言葉を残して」と言ったら「元気に頑張って」と。・・・元気に頑張らなくちゃ。
仕事が忙しくなる前にゆっくりと、お供えした花を父の部屋で描きました。
毎回お線香をあげる度に遺影写真の余所行きの顔がどことなくしっくりこなくて、普段の表情を思い浮かべながら父を描きました。
優しい父でした。家族を大切にし、皆がそばにいると満足そうで、家にいるのが大好きで。
そんな父でしたから最期の時までずっと家で過ごせたのはよかったのかな。私も看病させてもらえる時間を与えられてよかったです。
でも、最期を迎える数時間のことを思い出すと、いまも胸が苦しくなります。
高校生の時に祖父のお葬式で読まれたお経の中に「白骨の章」というのがあって強く印象に残っていたのですが「~ 既に無常の風来りぬれば、すなわち二の眼たちまちに閉じ、一の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて桃李の装を失いぬるときは ~」というくだり、頭ではわかっていたけれど実際に目の当たりにし、その瞬間はまさにこれなんだ・・・と。
この世でのお別れと思い、喘ぐ父の汗を拭きながら思わずスケッチしたけれど、今まだ まともにそれを見ることが出来ません。
それとは対照的に亡くなったときの穏やかな父の顔、それも自分の中に留めおきたいという思いでスケッチしました。
感謝を込めて。